【サポルの冒険2】二つの国の声

FX大全外伝,サポルの冒険


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あなたの耳には

今、どんな声が聞こえていますか?
買え、上がる、乗り遅れるな
売れ、堕ちる、いま逃げろ

スマホを開けば無数の声が
流れ込んできます。
どれも自信に満ちている。
どれも正しく聞こえる。
そして、どれかひとつを信じたくなる。

迷う心は、いつも確信に満ちた声を
求めてしまうものです。
これはまだ何も知らない
ひとりの男の子の話です。

その耳に二つの国の声が、
初めてはっきりと届いた日の物語。

五つの春

サポルは、5歳になっていた。

レンジ地帯の春は短い。
岩場の隙間からわずかに小さな花が顔を出す。
それだけの春だった。

サポルは、村のはずれの古びた境界石によく腰かけていた。
そこに座ると二つの国が両方とも見えた。

北の空には、いつも旗がはためいていた。

五つの春

南の空には、いつも灰色の霧が垂れ込めていた。

五つの春

サポルは、空を見上げては首を傾げていた。
どちらの空が本当の空なのだろう。
幼い心に答えは、なかった。
ただ、両方の空が自分を呼んでいるような気がした。

南(アセンディア)からの歓声

ある日、南から風が吹いた。
風に乗って、歓声が届いた。

サポルは、立ち上がって南の方角に耳を澄ませた。

「買え!!」
「未来は伸びる!!」
「今がチャンスだ!!」
「乗り遅れるな!!」

南(アセンディア)からの歓声

声は、ひとつではなかった。
何百、何千という声が、
ひとつの大きなうねりとなって空を震わせていた。

旗が振り上げられる音。
杯がぶつかり合う音。
足音が地面を踏み鳴らす音。

すべてがひとつのリズムになって、
サポルの心臓を、叩いた。
胸が熱くなった。

その熱は、これまで感じたことのない種類の熱だった。
足がひとりでに南へ動こうとした。

サポルは、慌てて境界石にしがみついた。
行ってはいけないと誰かが言った気がした。

けれど、それが誰の声なのかわからなかった。
歓声は、まだ続いていた。
サポルの頬は知らないうちに紅潮していた。

北(ベアドニア)の囁き

別の日、北から風が吹いた。
風には、湿った霧の匂いがした。

サポルは、また境界石に座って耳を澄ませた。
「熱狂の先には崩壊がある」
「愚か者は、いつも高値で買う」
「我らは、ただ落ちる時を待つだけだ」
「踊る者たちを嘲笑え」

北(ベアドニア)の囁き

声は低かった。
ひとつひとつの言葉がまるで、
地の底から響いてくるようだった。
歓声のような激しさはなかった。

けれどその代わりに何か、
ひんやりとしたものがサポルの背中を撫でた。
その声もまた正しいと思ってしまった。

熱狂は、いつか終わる。
上がったものは、必ず堕ちる。

そう言われると確かに
そうだと頷きたくなった。
北の囁きは、サポルの耳に染み込んでいった。
賢くなった気がした。
北の囁きに踊らされる愚か者にはなりたくないと
幼いサポルは思った。

引き裂かれる心

それからサポルは変わった。

朝に南の歓声を聞けば買えと思った。
夕に北の囁きを聞けば堕ちると思った。
朝と夕で心が入れ替わっていた。

サポルは、自分がどちらの
味方なのかわからなくなっていた。

ある夜、サポルは母に聞いた。
「お母さん、どっちが正しいの?」
母は夕食の手を止めた。

そしてしばらくサポルの顔を見つめた。
何も答えなかった。
ただサポルの頭を一度だけ撫でた。

「サポル」
「あなたは、どう思うの?」
サポルは、答えられなかった。

どちらも正しく聞こえた。
どちらにも惹かれた。
それだけが、サポルの中にある、
たったひとつの事実だった。

母は、もう何も言わなかった。
ただ、いつものようにサポルの額に
口づけをして眠らせた。

その夜サポルは、夢を見た
南(買い)の歓声の中で踊っている自分
北(売り)の霧の中で笑っている自分

二人のサポルが互いを見つめ合っていた。
どちらが、本当の自分なのか、わからなかった。

引き裂かれる心

名もなき声

二つの国の声に挟まれた者は、
いつもこうなる。

自分の声を見失う。
熱狂に引きずられそうになる。
冷笑に囚われそうになる。

そしてどちらに進んでも、
後悔する気がして動けなくなる。
それが、レンジ地帯に生きる者の宿命だった。

サポルは、まだ知らなかった。
自分の中にもひとつの声があることを。

それは、南の歓声でも、
北の囁きでもないもっと静かな声。
母が額に口づけをして囁いたあの言葉。

「あなたの名は、サポル」
「何度落ちても、支えられる子」

その声は、まだサポルの耳には届いていなかった。
外側の声があまりに大きすぎたから。
人は、外の声が大きいうちは内なる声に気づけない。
それが誰の心にも起きていることだった。

エピローグ

夜が更けていった。
レンジ地帯の村は、静まり返っていた。

サポルは、ベッドの中でまだ目を開けていた。
南の方角からは、もう歓声は聞こえなかった。
北の方角からももう囁きは聞こえなかった。

ただ、風だけが岩場を撫でていた。
サポルは、その風の音を、聞いていた。
風には、声がなかった。
ただ、吹いているだけだった。

それなのに、なぜか安心した。
なぜなのか幼いサポルには、わからなかった。
遠くで鐘がひとつだけ鳴った。

その音を聞きながらサポルは、ようやく眠りに落ちた。
旅に出るのはもう少し先のことになる。