【サポルの冒険3】「これさえあれば勝てる」と信じた地図が、僕を迷わせた

あなたは今、
どんな地図を握りしめていますか?
買えば必ず勝てると囁かれた一冊の本。
これさえ覚えれば迷わないと
教えられたひとつの手法。

誰かが「これが正解だ」と
差し出してくれたその一枚の紙。
私たちは迷ったとき誰かの
「正解」を握りたくなります。
自分で考えるより、
誰かが描いた地図に従う方がずっと楽だから。
これは、ひとりの少年が人生で初めて
「正解」を手に入れた日の物語です。
そしてその「正解」が
彼をどこへ連れて行ったのか?
そんな話です。
旅立ちの朝
サポルは、12歳の春を迎えていた。
レンジ地帯の岩場には、
あの日と同じように、小さな花が咲いていた。
けれど、サポルの心はもう、
あの日のままではなかった。
二つの国の声に挟まれて生きるのは、
もう、耐えられなかった。
南の歓声に、惹かれる日。
北の冷笑に、頷く日。
そのどちらでもない日は、
ただ何もできずに終わっていく。
毎朝、自分がどちら側の人間なのかを、
決めなければならなかった。
そして毎晩その決断を後悔した。
「正解を、見つけに行く」
サポルは、母にそう告げた。
母は、何も言わなかった。
ただ、サポルの頭を一度だけ撫でた。
「気をつけて」
それだけだった。
サポルは、わずかな食料と水を袋に詰めた。
そして村を出た。
向かったのは、南。
アセンディア連邦へと続く街道だった。
歓声の聞こえる方が
答えに近い気がしたからだった。

商人との出会い
街道を3日歩いた。
岩場がやがて緑の丘に変わっていった。
空の色も、少しずつ明るくなっていった。
4日目の昼。
道の脇にひとつの天幕が立っていた。
派手な色の布でできた天幕だった。
その前に、ひとりの男が立っていた。
大きな身振り。よく通る声。
そして、目尻のしわが深い、笑顔。
「おお、若き旅人よ!!」
男は、サポルを見つけると、両手を広げた。
「迷っているね?」
「その顔は、何かを探している顔だ」
「私には、わかる」
サポルは、立ち止まった。
「私は、旅人を助ける者だ」
「お前のような若者を、これまで何百人と導いてきた」
男は、天幕の中から、一枚の紙を取り出した。
古びた、けれど丁寧に折りたたまれた紙だった。
「これは、地図だ」
「ただの地図ではない」
「正解にたどり着くための、地図だ」

サポルの胸が、わずかに鳴った。
「これさえあれば、もう迷わない」
「これさえあれば、必ず正解にたどり着ける」
商人は、笑った。
「君がずっと探していたものだろう?」
サポルは、答えられなかった。
ただ、その地図から目が離せなかった。
最初の成功
サポルは、地図を買った。
持っていた小銭のほとんどすべてを商人に渡した。
商人は、満足そうに笑った。
「いい目だ若者」
「君は選ばれた」
サポルは、地図を胸に抱いて歩き出した。
地図には、細かな矢印が書かれていた。
右に行け、左に行け、ここで休め、ここでは走れ。
そのとおりに歩いた。
すると本当に道が開けた。
森の奥で見たことのない青い実を見つけた。
小川のほとりで銀色の石を拾った。
ある村では、地図のおかげで、
温かい食事を振る舞われた。
「この子は賢い」
「この若さでこんな地図を持っているとは」
「先が楽しみだ」
知らない大人たちがサポルを褒めた。
サポルは、初めて自分が正解の側に立った気がした。
胸が、熱くなった。
南の国の歓声を初めて聞いたあの日とよく似た熱だった。
「これが、答えだ」
「これさえあれば、もう迷わない」
サポルは、夜地図を抱いて眠った。
その夜は不思議と
母の顔も村の岩場も思い出さなかった。
地図さえあればもう何もいらない気がした。
道が、消えた日
それは、旅に出てふた月が過ぎた頃だった。
朝、サポルは地図を広げた。
その日の道は、丘を越えて東へ続く道と書かれていた。
矢印は、はっきりと東を指していた。
サポルは、丘を登った。
そして丘の上で立ち尽くした。
東に道はなかった。
昨日まで確かにあったその道がない。
代わりにあったのはただの岩肌だった。
草も生えていない、ただの岩だった。
サポルは、地図を何度も見直した。
何度見直しても地図は同じ道を指していた。
東へ行け、と。
けれど、その道はもうなかった。
サポルは地図を握りしめた。
紙が汗で湿っていった。
「そんなはずはない」
サポルは、岩肌に足を踏み入れた。
地図の指す方角へ無理やり進もうとした。
草もない、岩だけの斜面を登った。
足が滑った。
サポルは転んだ。
膝が切れた。
血が岩を汚した。
それでもサポルは地図を信じようとした。
「きっと、まだ近くに道があるはずだ」
「私の見つけ方が悪いだけだ」
何度も立ち上がった。
何度も転んだ。
何度も血を流した。

夕方になってサポルはようやく丘の上に戻った。
地図は、もう半分破れていた。
サポルは、その場に座り込んだ。
そして初めて商人のあの笑顔を思い出した。
「これさえあれば、必ず正解にたどり着ける」
あの言葉が耳の奥で繰り返された。
サポルは、何かに初めて裏切られたのだと知った。
胸の奥が熱くなった。
それは、南の歓声の熱とは違う熱だった。
冷たい、悔しい、行き場のない熱だった。
サポルは、地図を握りしめたまま動けなかった。
あなたの「最初の地図」は
少し立ち止まって、考えてみてください。
あなたにも、ありませんでしたか?
「これさえあれば、勝てる」と囁かれた、一冊の本。
「絶対に負けない」と約束された、ひとつの手法。
「これは選ばれた者にしか教えない」と
差し出された一枚の図
そして最初は、本当に勝てた。
小さく、けれど確かに勝てた。
「これだ」と、思った。
「やっと、正解に出会えた」と思った。
けれどある日突然
その手法は効かなくなった。
地図は、同じ道を指していた。
けれどその道は、もうそこにはなかった。
あなたは、その地図を握りしめたまま
岩肌を登り続けていませんか?
「私の使い方が悪いだけ」
「もう少し続ければ、また効くはず」
そう、自分に言い聞かせながら。
サポルが岩で膝を切ったように
あなたも、口座を削っていませんか?
最初の成功は、罠の入り口です。
なぜなら、その成功は地図のおかげではなく
たまたまその時期の相場が、
地図と噛み合っていただけだからです。
サポルの旅は、ここから本当に始まります。
エピローグ
夜が、来た。
丘の上には、サポルがひとり、座っていた。
破れた地図の片方が、風に舞った。
紙片が暗い空に吸い込まれていった。
サポルは、それを追わなかった。
ただ、岩に座って空を見上げていた。
遠くで商人の天幕の方角から、
笑い声が聞こえた気がした。
別の若き旅人に地図を売っているのだろう。
「これさえあれば、必ず正解にたどり着ける」
その声は、サポルの耳には、もう届かなかった。
ただ、風だけが、岩場を撫でていた。
遠くで、鐘がひとつだけ、鳴った。





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